正式な真言を学びたいと言われたが断った。
神に届く程の、つまりは実効の強いものをとの希望があったが、先ず彼女には一心を得ることが難しいと判断したからだ。
学んだものを直ぐに自分のフィルターにかけ、自分の器で処理できる有効成分を抽出して我流を作る。
使い勝手はよかろうが自分の力だからで当然でその先に得るものは無い。
私はどうでこうである。
これはどうこういうことですね。
どういうことか自分の頭(自我の枠)で理解したい。
こういう傾向が強ければ、やはりに壁の突破は難しいのだ。
また、真の言には強烈な懺悔行が必要になる。
怠惰を重ねるその口から出る音で、一体誰に何を語ろうというのか。
当然浄財も必要になる。100円200円ではないぞ。自分の命を崖に置きながら他者を食わせる程の額だ。
お分かりか。
真の法力は使い手を選ぶのだ。
