本物といわれる人で口数の多いのを見たことがなく、多言を弄するにその裏に実力の足らんのが隠れているものだ。
当然打って響かないのが真と言っている訳ではなく、本物は打てば大いに響きまた発する多くの言葉も持つが、偽者は叩きもしないのに勝手にどんどん好き勝手な音を出す。
奏者の求める世界を超えられないものだから、自我の騒音をいっぱいに発信することで防衛を成しているような気になっているのだろう。
小手先の音などは最後の最後に鍛えるものであり、先ずは真ん中を育むことに全力を傾けるのが良いだろう。
観る人が観ればすぐにわかる。
