量子瞬間移動の実験が成功したとニュースになっていた。
驚くべきこととされるが、紀元前数百年には既に釈迦が看破していたことの一部が観測されたに過ぎないという側面も持つ。
先日あるグループでmeetingをさせて頂いた際のお話、観測するという情報それ自体が物理エネルギーと横並びだということも、タイムリーでニュースに上がった形となった。
つまり例えば祈り等というものも一種の質量的影響力を持つということだ。
ただし。
情報のエネルギーは極めて微細なものであり、観測技術の数千年に及ぶ熟成をもってようやく可能になるほどに、とても小さな存在であるということを理解していなければ、いかにもオカルト風情の生産性の無い拝み屋を量産してしまうことも明白である。
詳細は直接会ってからのお話としたい。
