久しぶりに晶永先生にお会いしたのだが、術を用いる話から印の話になった。
これは本物の術者であれば理解出来るのであるが、術を用いるに術者としての印があり、それが無ければ絶対に使える訳がないという仕掛けがある。
それが物質でない場合もあるよねという話。当然にそれは血に通う。そして縁に運に必ずや通うのだ。
ロンのところにはその確かな印が、あらゆる形である。
だから印を持つ者が物質的であろうと無かろうと、単純に見て触れて分かる。
そしてロンが印があると観た縁を持てば、それは即ち印そのものの証明にもなるのである。
