外国の場合は割りとあけっぴろげというか、神様のおかげで大金持ちになったなんていう逸話も多いものだが、日本の場合は一般的にそれを秘密にする。
偉い神様に祈ったらお金が降ってきたなんてものは罰当たり的な発想だとされ、清浄なるは現世利益とは逆の位置にあるものだと刷り込まれている。
だが本当のところを言うのであれば、ご利益そのものは現世利益であって、そこに種類によっての清濁はない。
いわゆる富という形での利益を得るということは非常に具体性が高くなるため、叶えるのにも大きな力が必要になる。
叶えられない場合が圧倒的に多かった歴史が、その思想を誤魔化しねじ曲げてもきたのだ。
諸願を成就させる方法は清濁の隔てなく存在する。
ただし高度なものにはやり方があるのだ。
