品種が出来上がり、翌年から40ヘクタールの土地の農場で栽培を始め、周りの農家に栽培を勧めました。
後に岩内町に「日本アスパラガス株式会社」が創立されます。
その翌年にはホワイトアスパラガスの缶詰を生産する工場が作られました。
ホワイトアスパラガスの缶詰は、外国から輸入された高価なものばかりでしたが日本アスパラガス株式会社の缶詰は、外国に輸出できるほどに評価が高くなっていったそうです。
だんだんとアスパラガスを生産する農家が増え続け、昭和7年頃に比較的アスパラガス栽培に適していた喜茂別町に
「朝日缶詰株式会社」ができ、更にアスパラガスを栽培する農家が増えていきました。
現在も岩内町はアスパラガスの発祥の地と言われています。
