出来るようにという動きは、出来ないという事実と向かい合うところから始まる。
出来ない自分の現状を認識し、事実を受け入れ、必要性を考えた上で納得の結果、自らこれを破壊し出来るようになるという現状を作りにいく。
進むのが自分であれば自らやらねばならず、押し付けであれば破壊は拷問に等しい。
前に進むことが苦しいのであれば、よくよくその動機の理解を深めていく必要がある。
進むことが真に自らの欲するところであれば現状の破壊は苦痛ではなく快楽なのである。
子供の頃、一心不乱に近道を走った。
辛いなんてことは一度もかすめやしなかったのだ。
