今はネットでの情報収集が出来るので、たとえば真言などというものも言葉の並びは容易に知り得るところとなっている。
これを知りなるほど良さそうな気がすると、仏門も潜らぬような人らがこれを身勝手な感覚やら理屈やらをもって呪文のような活用を行うことがある。
これらはよくよく反省して頂かなくてはならぬところであり、通常はまぁ効果もないよというだけだが、悪くすると密法への盗みの業と共に場合によっては魔言として悪鬼を呼び寄せることすらがある。
正当な手順を踏んでいないのだから外法ということで当然の結果でもあるだろう。
外法には少々の自己満足を除いては何も良いことなどはないが、縁あってその情報に触れたのであれば、そこを起点として仏法に励んでみてはいかがであろうかと思う。
御調ではロン及び監修寺院の許可のもと、正当な形で真言を使用していくことになる。
外法との線引きはきわめて明確で、その効果も真逆と言って良いほどに強いものになっていく。
