ロイは口伝ということで、密教ではお決まりのスタイルであるが、ロンの御調や各種の講義等においても基本的な骨子としてこの形を保っている。
実はこれに最もこだわったのは空海であり、結局はその真意が理解されずに多くの内容が教科書となり術法の混乱と消失を招いてしまったが、これを死守すべきであるとずっと説いていた。
術理の奥を確りと体得すれば分かるのだが、術の作法は常に流動的であり、仏法は生きた仏陀そのものであるということ。
これが口伝を外した状態になると、途端に形式上の写し身となってしまい、これを拝することは偶像へのそれに等しくなる。
実は口伝でも十分ではなく、術脈へ一心を得ることを保つことが出来なければ同様のこととなるのだ。
殆どの術法が、古伝を紐解きそのままに行っても、大抵の場合は効果を生まないようになった、つまり魔法が死んだのには理由があって、それが仏陀ではないということに尽きる。
理解が及ぶ及ばぬにかかわらず、術理のテキストはあくまでもメモでしかないということ。
