かつての明治政府(新政府)は、国家神道を中心に据えるため仏教を大きく弾圧したが、海外の宗教観に基準を合わせたという歴史的な解釈の裏に、旧勢力との徹底した心理戦であった側面が隠されている。
心理戦といえばやや穏やかにもなるが、かつて歴代の大名や武士達がどうしても陥落させることが出来なかったのが仏教勢力で、彼らの生死を問わぬような戦闘姿勢や人生観はどうしても、統治する側には脅威的な存在でありこれを折る必要があった。
よって先ずはその最大の保護者であった帝の一族を頂点とする別の宗教を国家神道として組み上げ、国の令として仏教が団結する力を削いでいくことで、仏教組織を軸とした各種勢力の心の再結集を予防したということだ。
時は流れ昭和となり、日本では再び仏教が本質的な力を取り戻し始める時代がやってくるが、これはまた別の機会に。
