つまるところは現状を作り出している情報のエネルギーの座標全てを指していくことになる。
真の術法は現実そのものであるために実際の効果が出るが、現実そのものであるが故に物理因果の超越を行うことが出来ない。
例えば観音経には空を飛べるようなことまで書いてあるが、ものの例えや幻覚的な世界も含めてのことであり我々の生きる一般的な物理世界のお話ではない。
祈願は祈願として絶大な力を発揮するものではあるが、いわゆる縁などという部分も含めたカルマがあって、そこが許容出来なければどのような術法であっても限界を見ざるを得ないということになる。
ではそれが気のせいかと言えばそうでないことは、我々の右脳の歴史の中に確りと刻み込まれていて体感として十分に感得することが出来るが、これを実証する実験には方々からの邪魔が入ることも想像に難くなく、まぁ難しいところとなっている。
カルマ
きーぶろいいね 9+
2021年10月22日 23:39
