龍に憧れをいだく人は多いが、龍そのものは善でも悪でもなく様々なものがある。
これは良い龍悪い龍というわけでもなく、そういった概念そのものがないのだから、同体がそのままどちらにでも変容するということになる。
神の存在として尊ぶべきかと問われるも微妙なところで、龍そのものを拝しても何のメリットも下りてこないというのが本当のところだ。
ではそれをどうすれば良いのかということになるが、龍を統べる王を拝するのが正しい。
龍という存在はそもそもその王と一体であって、彼等の手綱はそこにしか存在がない。
また龍の王のみが人間とのかけ橋であり、そこで初めて人間の都合に合わせたメリットデメリットへのコントロールというものが成立するのだ。
これを知る人に私達世代の日本では未だ会ったことが無いが、古伝にはきちんとその方法論までが残されている。
ロンの術法は龍王の力を借りているのだから、御調のユーザーは龍王の眷属でもあるということ。
