思えば瞑想なんてものは、寺の関係もあり物心ついた時にはやっていた。
資格だとかハクなんてもんは要りゃあせんで、実力があれば実世界が変わる。
聖人になりたけりゃ聖人の言うことを飲めば良い。
だがロンには如来法身のごとき清らかなものは合わずで、たかだか人間である以上は通力によって掴む世界は諸天諸菩薩の語る現世利益ただそこだと考える。またその上にこそ真の如来の世界があるのであり、人のごときが天を飛ばしていきなりソコでは話が抜けすぎてしまう。つまりは人が描く理想の聖世界など妄想に過ぎぬということになる。
聖人の概念そのものが人間ごときの創作だ。
現世利益は大いに満たすべきである。
