質問

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術法の講義などを行う際、密法であるが故に一心や密門の話をする。
これを話すと多くの場合、質問として他流や我流との混合の是非を問われるのだが、技術そのものは混ぜても構わずで応用は可能なものだと考えている。
例えば御調が各家庭やそれぞれの職業への応用が可能なように、心の軸そのものが一本であれば毒になるものではないということ。またそうでなくてはならない。

問題は術法としての気脈の問題であり、術理の師の系譜を一本にするということが、実は最も合理的な上達の道だということに気づけるかどうかである。
学んだ術者が一般の方々を照らす功徳の光は、なにも仏様の形をとるべきと定められる必要性はなく、例えばそれは天使でも自然神等でも良い。ただしその術理というものが一本でなければ、どうしても力そのものが変質してしまうことになるのだ。

世の中にはまさに星の数程の術理の存在があることかと思う。
だから仏法は、その中でたまたま縁を得て一心を得られるかどうかの選択のタイミングに出逢えた偶然性の喜びをずっと説いてきた。開経偈である。

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  2021年5月16日 15:58

 


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