術を身につけたい、教えて欲しいだとかのお話が良くあるが、殆どの者には効果のない無駄な知識となる。
恐らくはなんだかんだと理由をつけやりもしないのだが、一度やったところで効果の発現は淡いもの。やり込みをもって術者のレベルを上げていくことを同時に行わなくてはならない。
ある意味でそことまた才能であり、そこを無視して術の成立はない。
素直な実行と重ねる才、そして鋭い感性を持った者こそが選ばれた存在となるのだ。
近道を求めることは重ねるを成した聖に対する冒涜でもある。
これもまた、神も人も同じことである。
