疑念は地獄への道と説いた。
術に思い込みの要素が絡む部分があるが、誤解があってはならないのが
結果があってから思い込みと処理するのではなく、
思い込みがあってから結果がくる
ということだ。
ただ無意識レベルまでの思い込みは尋常では成せぬということになる。
信じるだの疑うだのはとても難しい。
そのなかで、一般の人達が効果的な術を用いるとするならば、それを可能とするのは術者が行うような魔術的なアクションではない。日常への落とし込みが最強である。
例えば『梅花無尽蔵』と毎日毎日唱える。
歯磨きや入浴と同じように日課となり、仮に泥酔していても自然にやっていたというところまでに落とし込むのだ。
それだけで心願が次々と成就する。
