術には仕組みがあって現実のものだ。
様々な不思議を成すために便利なツールとしても考えられがちなのであるが、現実であるがゆえに因果からは外れたものではない。
甘いものを得れば甘いものを得た自分が残り、例えば元々甘いものを得た自分があれば、それを始めから無いものとは出来ぬ。
つまりスタートそのものが既に各々の業の蓄積でもあり、同じ作法では一定の効果までが限界となりそれ以上を求めるのであれば、絶対にオーダーメイド的な考え方と手法が必要になってくるのだ。
スタートも違えば作用もそれぞれ。環境も一つとして同じものはないわけだ。
だから全ては流動性をもって直接の術理対応を仕掛けながら行わなければ、術功の壁は決して突破することは出来ない。
遠隔の術による限界はそこにあるということ。
ロンが直接の気結びを重視するに、リアルを何より観ているということなのだ。
