魔法のようなことを言う者は多い。
スピリチュアルな言葉でパワーだの真実だの何だのと賑やかである。
他人様の考えは自由であるが、術法とは現実的な力を伴ったものであるべきだろうと思う。
例えばある人は龍神を呼ぶという。
呼んでどうなるのか。
たいそうなことを言っておるが、それだけではコップの水さえ増えぬぞ。これが何の力を持つと言うのか。
人の心を動かし二次的な作用として云々という。
喝。誤魔化すでないぞ。
術法を用いるに、実際の力とのリンクの存在というものが絶対要素となってくる。
地に足をつけるのだ。現実化させるのだ。
例えば城を生むといえば、現実的な物理空間に城が出なければならない。念力ではないぞ。
術法とは現実そのものなのである。
