ビジネスクラブでワークを与えることがある。
自我が強くやらない人間は論外として、続く自我は継続の在り方に出る。
つまり何だかんだと自己都合自己解決を盾にして、また元の吹き溜まりに戻ろうとするわけだ。吹き溜まりとは現状。ビジネスクラスで言えば「お金を稼ぎたいが稼げない私」が支配する世界である。
二度三度と引っ張る講師もいずれは諦める。
明王のごとき顔で引っ張るには一方で泥水を被ることになるからだ。
不動明王の食事はゴミであるという。
憤怒の尊が目の前にいないのであれば、結論としてやはりは自ら欲しなければならないということになるのだろう。
satoのイモブロも42回になっている。
恐らく飽きて誰も読んではおるまい。図鑑みたいだ。だがあの継続も、揺るぎない本人の力だ。
