体がダルくて調子が出ないというご相談で、インスタントに元気になりたいという人が多い。
無理ではないがちょっと危ない話で、体のダルさも一つの信号であるということ。
起き上がりが出来ない程であれば、本来は無理に起きるべきではないのだ。
動物園での自然の姿を想像してみて欲しい。
夏の蒸し暑い日にはダラリとひっくり返ったままに1日を過ごし、冬の寒い日には飼育部屋から出てこない。例えば雨が降る日には1日寝ているといった様子だ。
人間は社会性と引き換えにその自由度を犠牲にし、休むべきを休まず活動すべきをせずの無理を通すが、通常であれば日常生活の中にrecoveryが成されてきた。
野生の動物であっても当然に、緊急の刹那には無理を通す習慣や、またそこをカバーする余力も培われてきたというのが現実のところである。
だが現代社会の人間において、これが少しバランスを崩してきている。
無理をおして活動をする、またこれを重ねる、そして余力を使い果たすと体を大きくしタンクを拡大してまたこれを重ねる。
それでも一定のレベルにくれば物理的に限界がくるのだが、これを薬物等によってドーピング的に乗り越え続けている。
これが誤魔化し通せるはずがないだろう。
簡単に例えて言えば、毎晩「規則正しく働く」ことを続けるといったようなことだけで、十分当たり前に生命のリズムは狂っていくということだ。
リズムが狂えばどうなるのかといえば人間の数だけその現れも異なるものだが、どのみち本来の命の輝きとは別の道を辿ることになる。
調子が出ない日があれば直ぐに無理を重ねる準備を整えるのではなく、先ずはその落差に日常の意識に隠れた無理と自我の強行を観て欲しい。
自らの命を真に労り、時として全てを手放し存分な休息をとることも必要であるということ。
