儀式的な術法には、実はブラッシュアップの必要性がある。
念力やらオマジナイ程度のインスタントなものならば問題はないのだが、術法とは根本的に術効の次元が異なってくる。
ブラッシュアップの必要性を説くに理由があり、我々を取り巻く環境が時間と共に変化し、我々もまたそれに伴った変化をしていくからである。
術法は現実として、周辺世界への物理的変化を現実化する力を持っている。
これが現実そのものである限り、起点と終点の情報構成が変化するのであれば、その関数である術法にも当然に変化をかけ続ける必要があるのだ。
古代のオマジナイなどをそのまま術法として勘違いする人達も多くあるが、その手のものには思い込み程度の効果しか残ってはいない。
実はかの空海も、術法をメモとして残すことを厳禁としたことが知られている。
これは単純な密教としての秘密主義ということではなく、重要なことはその秘鍵たる術法の関数であって、その外郭である儀式的な姿ではないということなのである。
これを知らずしての術法などに本物の力は宿らない。
ロンに儀式的な術法を学んだ人は、出来れば定期的にそのブラッシュアップを得て欲しい。
本来の術法はその時流、その術者によってオーダーとして成立させるべき流動体である。
これを放置すれば必ず形骸化してしまうものなのだ。
