先日生徒から、ロンの指導が全て自分のことのように聞こえると恐縮する声が寄せられた。
要するに厳しい内容や出来ていない部分を指摘される場合に、あぁ自分のことだなと反省するということである。
人間の成長のキャパを容器に表すとしてこれは素晴らしいことであり、懺悔と自責への回帰のある間は成長に限界はない。
常に自身のことであると、萎縮するのではなく建設的に省みることが出来るのであれば、ここに一心への道が開き成長への器はグンと大きくなるのだ。
ここに私は出来ているぞという慢心や嘲笑、無関心、ちゃんとやってるのにという増長からくる怒りや悲しみなどが起こるようでは成長の器には限りが出てくるということになる。
ただしこの容器、当然余白があれば良いということではなく拡大がその肝であるということを忘れてはならない。
じっとして自分に成長がなく、また更に成長の余白は残っているぞという状態が尊いのではなく、
常に努力して成すべきを成しその余白を埋める成長を遂げながら、更に容器のキャパを拡大し続けるということが重要なのだ。
