以前に瞑想を行っていた会場に毘沙門天王の像を安置していたのだが、実は「敵方が拝すれば血に祟る」という祟り神としても有名である。
血に祟るというのはそのまま血液由来の災いということだが、恐ろしいのであまり具体的に掘り下げることは省いておく。
祟り神はここに限ったことではなく、例えばロンに縁深い天満宮や牛頭天王等も含めた水神系の神域などにそれを担わせることが多く、祟る程の力をもって災厄を封じようとしてきた歴史があるとされている。
これは特に都合の良い人間の業を語っているわけではなく、プラス側の霊験が現実的でありかつ強烈であればある程に、一方で敵方から見れば大きくマイナスであるぞということを表している。
例えばこちらの国で敵を殲滅する大天使があるとすれば、敵から見れば大悪魔であることが想像に難くないということだ。
これが人間の理解の上での因果で考えるのが常人の限界であり、神域に委ねたものを祟り神という。最強の神は背けば最悪の存在であるということになる。
我々の守護仏である毘沙門天王のいわく
「御味方が一心をもって拝すれば武運福徳財運無尽蔵であるが、敵方が拝すればたちどころに血に祟る」
まさにそういうことであるのだろう。
