内緒の話なのだが実話だ。
ある神社で五千円のご祈願から五十万百万円を越えるご祈願までがあって、後者は実に良く効くのだそうだ。
だが本当のところ、依頼を受けての神職のなす儀式作法に変わりはなく同じものであって、違いは授与される御札や御守りの大きさやお土産のような手拭い等の有無だけなのだという。
不思議だと思う人となるほどなと思う人があるが、確かにこれらの効果には雲泥の差が生じてくる。
思い込めばよいのだろうとそう単純な話ではなく、神やら仏の真を知れば金銭という単位であるかどうかに重要性を置かないとしても、祈願等に費やしたエネルギーがそのまま通力と化すことが分かってくる。
損だとか得だとかいう二元的な世界にいる限りに霊験の現れはないが、そこを成してなるものかと必死に自己都合を誤魔化し合理を得たかのように錯覚をさせる思考そのものが、現代社会においての神仏の出現を阻んでいる大きな病みの部分でもあるのだ。
