自らの心や言動の責任を顧みず全てを誰かのせいとして怨む心に底はなく、先は無限の地獄しかない。
逃げの一手から口先の言の葉の尻をいくら合わせてみても、身口意などというものもインスタントで成り立つものでもないので効果はない。
全ての責任は自身にあるにもかかわらず、自我がそれを認めることが出来ずに無理に外部を念力で変えようとすることになるが、正道でなければ歪みであるという結果にしかならないのだ。
道を外れた念力には歪みのテンションが存在するため、そこにはどうしてもドロリとした穴が生じることになる。
生き霊などというものを飛ばすのはこの段階からで、自分の血を濁らせまた同胞の命を削っていく。
思い通りにならない時、周囲に懸命に自分の正義を訴えている時、己の顔がどうあるのかを是非鏡で見てみるのが良い。
人の相は生き方よって変わる。
鏡に「なまなり」が映っているようだと駄目なのだ。
